★11月1日の午後

★ニヌファ

2009年09月24日 12:24





























その日の午後は よく晴れたいい天気だった



11月とはいえ 日が当たると暖かい



僕たちはニヌファの亡骸を車に乗せ



ペット用の火葬場へと運んだ



火葬場の炉は 焼く動物のサイズで



4種類ほどの大きさがあり



小型 中型 大型 超大型に分かれている



「バーニーズですと超大型ということになりますから



費用の方は5万円になります」と



火葬場の 年配の男性が言った



鉄製の台車の上に遺体が置かれ



台車ごとレールで火葬炉に



入っていく仕組みになっていた



台車の上にニヌファが乗せられ



「最後のお別れをしてください」と



その男性が僕たちに言った



静かに横たわるニヌファを抱きしめると



いつもと同じ ニヌファの美しい毛並みが



柔らかく指先をすべっていく



ニヌファを子犬の頃から世話してきた



ニヌファのシッポの先から頭のてっぺんまで



すべて僕は知っている



鼻の付け根の変な匂いのする場所や



足の形 爪のはえ方 お腹のふくらみや



場所によって違う毛のカールのしかたや



天気のいい日の お日様の匂いのする肉球



全部 この体の事は知っている



ニヌファの好きな食べ物も



ニヌファのくせも お気に入りの場所や



寝ぼけて吠えた事だって知っている



そしてニヌファが僕たちの元に帰るため



手術や注射にも耐え



病気と必死に戦ってきたことも



彼が 僕達の事をどれほど愛していたかも



全部 全部 僕は知っている   



「よく頑張ったな さすが二ーちゃんだ



お前は 昔から頑張り屋だった



お前はパパとママの自慢だったよ



もしも 生まれ変われる事が出来たなら



今度も またうちの子においで



必ず 必ず パパとママの所に来るんだぞ



その時は 病気なんかしない丈夫な体でおいで



また あの落ち葉がいっぱいの公園に



いっしょに散歩にいこうな



疲れたろニヌファ ゆっくりおやすみ」



ニヌファをなでながら僕はそう言った



嫁が 声にならない声で



ニヌファに抱きつき 泣いていた



台車を動かすスイッチに指をかけ



「では最後のお見送りをしてください」と



火葬場の男性が言った



スイッチが入り台車がゆっくりと動き出し



炉の中へと入って行った



炉の扉が閉まるとゴーッという音とともに火が入り



ニヌファの体が焼かれていく



僕達は手を合わせ 茫然とそれを眺めていた



「大体 1時間ほどかかりますので



待合室の方でお待ちください」そう言われ



待合室へと案内された



待合室では 僕達の他に一組の家族が待っていた



あくびをしたり 笑って話をしているのが



僕には たまらなく嫌だった



我慢できずに僕は外に出た



時計を見ると 時刻は午後4時を回っていた



少し肌寒いが 火葬場の周りは静かだった



まだ 最後まで痛みに吠え続けた



ニヌファの声が耳を離れない



「パパ!ママ! 痛いよ 痛いよ!」



そう叫んでいるように 僕には聞こえた



なのに僕は 何もしてやれなかった



今朝 目を覚ました時は



こんな一日になるとは思いもしなかった



ニヌファのことを心配した



姉から携帯に連絡があった



ニヌファが亡くなった事を話し



電話ごしに2人 大泣きした



1時間がたち 小さな骨壷に入った



ニヌファの遺灰が手渡された



月並みな感想なのだが



あの大きなニヌファの体が



こんなにも軽く こんなにも小さな壺に



入ってしまうのかと 本当にそう思う



もう 二度とニヌファの事をなでてやることは出来ない



家に帰るとすぐに ニヌファに使っていた



塗り薬や飲み薬 包帯や消毒液全部を



ゴミ箱に投げ捨ててやった



ニヌファが一番見たくない物だったからだ



そして 火葬場の辛気臭い壺も捨て



自分達で買ったガラスの壺に



ニヌファの遺灰を入れ替えて



いつもニヌファの首にぶら下がっていた



ニヌファの名前と僕達の住所と



電話番号の書かれたペンダントを



壺のふたに巻きつけた



ニヌファのいない家は



まるで見知らぬ誰かの家に来たようで



なんだか居心地が悪かった



今日は本当に疲れた



長い 長い一日だった



ニヌファの遺灰の入った壺を手に



「二ーちゃん退院おめでとう そして お帰り」



僕はそう 声をかけた



2008年の11月1日の午後とは 



そんな日だった

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