★夏休み
「ホーム長、僕辞めます」
昼下がりのフロアーで
僕はホーム長にそう言った
「いやいや ちょっと待ってニヌファ君!」と
ホーム長があわてて僕を止めた
小学生の娘が夏休みに入るのだが
学童もいっぱいで入れない
僕達夫婦は共働きだ
夏休みの間 朝から晩まで小学生の娘を
家で一人で過ごさせるのは不安が多かった
8月だけ週3に出来ないかとお願いしたのだが
それは出来ないとホーム長から言われた
それなら仕事を辞めて8月は娘と過ごし
9月から新しく仕事を始めればいいと思った
仕事か家庭かといわれたら
僕は迷わず家庭だと答える
僕は子供の頃 あまり家庭的な家ではなかった
娘には そんな思いはして欲しくないと思っている
色々な考え方の人がいると思うが
僕と嫁は家族こそが一番大事だと思っている
休んでいる間は給料が減るが
それは娘の夏休みにはかえられない
結局、ホーム長が8月は休んで
9月から来て欲しいと言われた。
そして娘との夏休みが始まった
朝は1時間ほど夏休みの宿題を一緒にやって
その後は プールに行ったり
海に行ったり、娘の友人を家に招き
夜、一緒にベランダから花火を眺めた
水族館のバックヤードツアーにも参加し
熱海と伊豆高原に旅行にも行った
夏休みを娘にとっても そして
僕にとっても楽しいものにしたかった
娘も何度も楽しいと言ってくれた
特に予定もなかった午後
娘と二人 そうめんを作って食べた
台所から見える海に日の光が反射し
キラキラと輝いている
テーブルに吹き込んでくる風が
真夏の海の香りを運んできた
ベランダの外ではセミ達の声がしている
テーブルの上の麦茶のコップから
水滴がゆっくりと流れて落ちた
夏の穏やかな午後の時間だった
子供と過ごす このなんでもない一瞬一瞬が
とてもいとおしいと感じるようになった。
子供は 一日一日成長していく
嬉しさと寂しさが混ざったおかしな感情で
それを僕は眺めている
娘はきっと素晴らしい女性になるだろう
そして 僕達夫婦も子供の成長と共に歳をとっていく
歳をとらない人間など どこにもいない
老いていく事は 決して喜ばしい事ではないが
嫁と一緒に年をとっていけるなら
それもいいと思っている
きっとこの先 僕はこの夏休みを思い出すだろう
娘と二人でそうめんを食べながら眺めた
あのキラキラと輝く夏の一瞬を。
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