★大丈夫
あきえちゃんは 近所に住む92歳の車椅子の女性だ
会うと「おっ! あきえちゃん 生きてるか?」
そう僕が冗談を言うと
「かろうじて息はあるわよ」と笑わせてくれる。
長野県の生まれで 早いうちに両親を亡くし
年の離れた兄が あきえちゃんと
弟の面倒を見てくれたそうだ。
一番上のお兄さんは変わった名前で
大丈夫と書いて「ますらお」と読むのだと
あきえちゃんが教えてくれた。
「プロレスラーみたいな名前だな」そう僕が言うと
あきえちゃんが笑いながら
「優しい兄でね 私たちの面倒をよく見てくれたのよ
私と弟のために親代わりに一生懸命働いてくれてね
まだ若いから遊びにだって行きたかったろうに・・
子供の頃 私が可愛い下駄を見つけてね
兄さんに 欲しい 欲しいと駄々をこねたのよ。
そしたら兄さんが あきえはしょうがないなと言って
下駄を買ってくれたの
はなおの赤い下駄を
お金も無かったのに買ってくれたのよ・・・
あの時は わがまま言って
兄さんに悪かったって思うのよ。」
そう言って あきえちゃんが涙ぐんだ。
その大丈夫さんが 東京生まれの女性と結婚したそうだ
きれいな女の人で 洋服を作ってくれたり
おいしいご飯を作ってくれたり
母親代わりにあきえちゃん達の面倒を見てくれたそうだ
ある日お嫁さんが 洗濯物を庭で干しているとき
縁側で寝転んでいたあきえちゃんが
お嫁さんに聞いたそうだ
「ねえ お姉さん 何で貧乏で親もいない私達のところにお嫁に来たの?」
するとお嫁さんがこう答えたそうだ
「妹や弟のために一生懸命働いている大丈夫さんを見ていたら
何とかしなくっちゃと思ってね
ほっとけなくなっちゃったの」と
物干し竿の向こう側から笑顔で答えたそうだ。
「あの時 お姉さんがそう言って笑った顔
今でも忘れられないわ」
そうあきえちゃんが言った。
まるで その時の情景が見えたような気がして
僕は 胸がじーんと熱くなった
「あきえちゃん ますらおっていい名前だよな
なんたって大丈夫って書くんだからよ
そのお陰で あきえちゃんも弟も
親もいないのに大丈夫だったんだもんな」
そう僕はあきえちゃんの方も向かずに
ぶっきらぼうに言った。
「本当に そのとうりよ ほんとそう」
あきえちゃんが言った。
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