★ 祈り
僕のオバーは3年前に亡くなった
オバーはユタをしていた
(正確には ツカサだった
ツカサは公的な神事、祭事もできる
ユタは民間が相手だと思う
その細かな違いは僕も詳しくない
また初めて聞く方はややこしくなるので
ここではユタと書かせてもらう)
沖縄以外の人には馴染みがない言葉だろうが
沖縄では 知らないものはいない
ユタの説明が難しいのだが
琉球王国時代から続くシャーマンのような存在だ
神や島のために祈り 祖先の声を聞いたり
島の豊作や安全な航海や
先祖や亡くなった人の為に祈ったり
夢判断や魂の事などに答える
神と人間の仲介者のような存在だろうか
ユタは なりますと言ってなれる職業ではない
また血筋でなれるものでもない
ユタは神様に選ばれるのだ
つまり 否応なくなるのだ
なりたくなくても結局はなってしまうらしい
オバーは子供の頃 体がとても弱く
長くは生きられないと言われた
島で有名なユタが「この子は 神高い
(霊感が強いという意味に近いかもしれない)から
わたしに あずけなさい」と言われ
子供だったオバーはその人にあずけられた
戻ってきたときには ユタになっていたらしい
僕が生まれた島は港から急な斜面になっていて
その斜面を登りきった所にオバーの家があった
斜面に建つ家々や港や海を見渡せるその場所には
近くに 戦争のときの不発弾が
鐘の代わりにつり下がっていて
夕方6時になるとカンカンと
時刻を知らせる鐘がならされた
子供の頃オバーの家の裏手から
夕暮れの海を眺めながら
オバーの祈りの声をよく耳にしたものだ
その祈り声を聞いていると
まるで自分が自分ではいられなくなり
夕暮れの空に溶けてしまいそうな
周りの大気と一体化して
自分自身がなくなってしまいそうな
とても不思議な感覚になったのを
子供ながら覚えている
オバーは子供の僕に小遣いをくれたり
やたらと食べ物をすすめたりした
貧しくて 食べ物もあまり食べれなかった
そんな子供時代を過ごしたために
孫達にはそんな思いをして欲しくなかったからだそうだ
台風が近づき 雨や風が強くなってくると
庭に咲いている花や草を
何種類か引っこ抜いてくるように言われた
訳を聞くと「台風でみんなダメになったら可哀そうサー
みんな入れてあげたいけど そんな事はできんから
何種類か家に入れておけば ダメになっても
また元に戻せるわけサー」と言った
沖縄には御嶽と呼ばれる場所が多くある
聖地というか大事な祈る場所だ
その場所には 素晴らしい建物や
荘厳な何かの像が立っているわけではない
ただ自然の岩や木があるだけだ
建物があったとしても祈るための
小さく小屋とも呼べない質素なものがあるだけだ
そこが本土とは違うのかもしれないが
そこに神がいるわけではない
その向こう側にいるのだ
だから出来るだけ 自然のままのほうがいい
オバーの家のそばにも御嶽があった
オバーが祈りを始めると
僕がいつも知っているオバーではなくなる
なんだかとても近寄りがたくなるのだ
オバーについては 不思議な話はたくさんあるが
ここでは一つだけ話しておくと
僕が 子供のころから
「オバーは100歳で死ぬから」と言っていた
本当に100歳で亡くなったのだが
特に寝込んでいたわけでもない
一人で僕たちの暮らす島まで
船に乗ってくるほど元気だった
倒れる2週間まえに 突然葬式に使う写真を決め
葬式の役割分担も決めた
香典もだれも出してはいけないといい
自分が貯めたお金があるので
それで葬式をするように子供たちに言った
倒れる二日前に 美容室に行き髪を黒く染めた
オバーは知っていた 自分の死ぬ時を
自分に何かあって病院に入れられたら
どんな理由があろうとも
すぐに自宅に戻すようにと遺言を残していた
オバーが倒れて 病院で意識もなく機械につながれた時
オヤジが僕にオバーの遺言の事を話してくれた
「オバーの言うとおりにしようと思うサー」とオヤジが言った
呼吸器を外すと1時間ももたないと医者は言ったが
オバーは自宅で四日間も生きていた
意識もなく ずっと寝たきりだったが
きっと僕たちにはわからないオバーの
ユタの最後の仕事が残っていたのかもしれない
そして病院でなく 自宅で子供や孫たちに囲まれ
最後の別れを告げたかったのかもしれない
僕はユタのオバーの孫だった事を誇りに思っている
彼女は特別な世界とこの世の両方を生きてきた
僕が知らない謎もとても多かった
だがユタである前に 僕の大事なオバーだった
僕の事を とても気にかけてくれる
大切な大切な優しいオバーだった
今もオバーの笑顔と優しさを忘れたことはない
生前 オバーはよく
「オバーが死んだらあの世で神様になって
あんた達のことを守ってあげるからね」と言っていた
その言葉を聞くたびに僕は胸が詰まった
今 僕は毎日オバーやオジー達祖先に
感謝の言葉を心の中で告げる
そして家族の安全と幸福 悩み事などを祈る
その事は 嫁や娘にも話していないし
僕は 何か宗教をしている訳でもない
自然と 自分の中から出てきたものだ
心の中で オバーに祈っていると
「あいっ! ニヌファ オバーがついてるから
何も心配いらんよー」なんて
そんなオバーの元気な言葉が
なんだか 聞こえる気がするのだ
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