★ オバー

★ニヌファ

2010年01月21日 22:56















10月の末に 急遽沖縄に行くことになった



オバーが 入院したとの知らせを聞いたからだ



血圧が高く 薬を飲んでいたのだが



誰もいない時に 家で倒れたのだ



「もう意識もないし 医者に聞いたら



手術をするのも 高齢で無理だし 



治る見込みはないらしい」と



オヤジからの電話だった



姉達と共に 沖縄の病院へ向かった



病院は サトウキビ畑に囲まれた



海の見える場所にあった



病室へ入ると そこにオバーがいた



ベッドに横たわり 酸素呼吸器が付けられていた



嫁に オバーの写真を撮って帰ると約束したのだが



とても 顔を写す気になどなれなかった



それほど 痛々しい姿だった



僕と姉達は オバーの手を握り締め



「オバー 今来たよ! 来るのが遅くなってゴメンね」と



苦しそうに息をするオバーに 話しかけた



「病院では 死なない」とのオバーの遺言で 



呼吸器を外し 家に連れ帰って死なせてやろうと



親戚一同で決めたのだと オヤジから聞かされた



それが 一番いい事だと親父に言った



苦しむオバーを 病院の機械につなぎとめ



ただ 生かし続ける事なんか絶対させたくない



なにより オバーがそれを嫌い遺言を残したのだ



「オバーは 自分が死んだ時のために 



着る服も 葬式の写真も葬式での役割分担も

 

すべて子供たちに全部伝えてあるよー



葬式の費用も これでやりなさいとお金も準備しておって



子供達にお金を使わせないようにしてあるさー

 

香典も 出してはいけないと言っておったさー



オバーは凄いよー」とオフクロが言った



「倒れる 二日前に急に髪を染めるからといって



美容院に行って 髪も黒くしよったよー



オバーは 自分が死ぬの知っていたんだねー」とも



「島の人が みんな オバーに世話になったから



見舞いにきてくれたさー 



これでオバーは本当に神様になるねーと



言っておったよー」と親戚のおばさんが言った



オバーの 手を握り締めていると涙が溢れてきた



写真は オバーの手を撮ったものだ



よく見て欲しい



この手は 100年間を生き抜いてきた手だ



激しい戦争を生き抜き 



貧しい中も子供達を育て 日々の料理をつくり



朝早くから夜中まで働き 



島の人達の為に ユタとして



神や先祖に祈り続けた手だ 



そして 小さかった僕を抱き上げ



畑に行く オジーと僕におにぎりを握り



祭りの夜に 僕を連れて行ってくれた手で



ずっと僕達を 目にみえぬものから



守り続けてくれた手だ



僕は この手以上に美しい手を見たことがない



この手以上に ぬくもりを感じる手などない



そして この手以上に安心できる手を僕は知らない



握り締めた手を 僕はとても離す気になれなかった



オバーの温もりを いつまでも忘れないように



自分の手に 覚えこませたかったからだ



「オバー これが終わったら横浜に遊びに来てね



琉美にも会ってもらいたいからさ 



みんなで待ってるからね。」



オバーの耳元に 僕は話しかけた



オバーは この世界と違う世界の両方を生きてきた



オバーが この世界からいなくなっても



僕を守ってくれる 先祖の一人になるのだ



オバーの命の火が 親父に受け継がれ



その火は僕の中に そして琉美へと受け継がれている



そうやって 祖先のたくさんの命と共に



僕らは 生きている



だから一人なんかじゃない



祖先たちと ともに生きているんだ



凡人で なんの能力もない僕には



オバーのように 見えないものを見ることや



話をする事はできない



オバーと共に生きている事は知っている



ただ この世界でオバーの姿を



見ることが出来なくなるのが とても悲しいのだ



一番上の姉が 我慢できずに



「いやだー! 絶対いやー! 



オバーを どこにも行かせない!



オバーがいなくなるなんて いやだー!」



そう叫んで オバーにしがみついて号泣した



その場の全員が 涙を止めることができなかった



泣いている姉に おばさんが



「オバーは昔から 自分は100歳まで生きて



それから あの世に行くと言っておったよ



もう思い残す事は なにもないし



オジーにも 会えるから



自分が 死んだら みんな三線と踊りで 



祝いなさいと言っとったさー



だから そんなに悲しんだらオバーが困るよー



心配させんで行かせて あげんとねー」言った



姉が離婚して 二人の子供をつれて



オバーに 会いに来たとき



「あんたの事を 思うと オバーは



チム(こころ)が 痛いよー



これを 持っていきなさい」といって



茶色い封筒に お金を入れて手渡した



「オバー もうお金をもらう歳じゃないから

 

いらないよー」と姉が言ったのだが



「旅に お金があっても邪魔にはならんさー」と言って



無理やり わたしてくれたらしい



クシャクシャの千円札ばかりで 一万円入っていた



オバーが一生懸命貯めていたのが よく分かるお金だった



帰りに家の玄関のまえで オバーが大声で手を振りながら



「あんたの為に 神様にお祈りしておくから



なにも心配せんで いいからねー」と泣きながら叫んでいたらしい



離婚して色々な事で 心細かった姉は



涙が止まらなかったといっていた



その後 とてもいい人と姉は再婚できた



僕が子供の頃 オバーが草を叩いて乾かし



それで サトウキビをしばる縄をつくっていた



叩いている 台の形を良く見ると



錆びた 爆弾だった 



もちろん火薬など抜いてあるものだ



「オバー これ爆弾じゃないの?」そう聞くと



「これは 戦争で人を殺すために 作られたものだけど



オバーが こうやって使ってあげてるわけさー



これで 初めて役に立つものになったサー」



子供ながらに オバーすごいと思ったもんだった



僕達は どんなに頑張ったって



オバーほどの 人生を送ることは出来ない



たとえ遠くに 離れていようと



いつも 心のどこかにオバーがいて



僕の 心のよりどころになっていた



オバーと話したとき かけてもらった言葉に



どれほど 救われたり安心したりしたことか



オバーは つねづね自分が死んだら



あの世に行って 神様になって



僕達の事を 守ってあげるからねと言っていた



僕は何一つオバーに してやれなかった



オバーはたくさんの 愛情と救いを僕にくれたのに



僕は 泣く事しかできない



呼吸器を 外すと一時間で死ぬと医者は言ったが



オバーは4日間も生きていた



とても 寂しくなるけど



これは お別れじゃないから



サヨナラは言わないよ



オバー 今までありがとう


そしてこれからも ずっと見守っていてね

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