★うしおとミケ
8~9年ほど前のことだ
住んでいたアパートの近くに公園があった
その公園には 野良猫達が住んでいた
公園の北側に住んでいたのが うしおだった
牛みたいな柄をしているので 僕はそう名付けた
お世辞にも かわいいとは呼べない仏頂面に
低い声で「ニャー」でなく「ニャッ!」と鳴くのだ
うしおは この公園のボスだった
気に入った人間にしか近づかず
僕も うしおをなでるまでに ずいぶん時間がかかった
公園の猫達に 餌を毎日もってくるおばさんがいた
来ると 砂場をスコップで掘り起こし
野良猫達のフンを片付け エサの食べ残しも片付けていた
そのおばさんが教えてくれたのだが
公園に たまに子猫が捨てられるらしいのだが
その子猫達を うしおが母親代わりに育てたらしいのだ
うしお 雌だったのか・・・・・
子猫を育てている時のうしおは 本当の母親のようで
一度 子猫の近くを散歩中のハスキー犬が通りかかったのだが
子猫が襲われると思ったうしおは
ハスキー犬の顔に飛びついて
ハスキー犬を撃退してしまったらしいのだ
公園に来た猫が うしおに挑戦し
木の上までうしおに追っかけられていったのを見たことがある
うしおは何度も そんな猫達を撃退していた
だから うしおは公園のボスなのだ
そんなうしおの姿を 公園から見なくなった
公園に来るおばさんに聞いたところ
具合が悪くなって 病院に連れていったのだが
結局 亡くなってしまったらしいのだ
野良ネコは2~3年で亡くなる子が多いと
病院の先生が言っていたらしい
公園の植木の下に うしおを埋めたと教えてくれた
僕は うしおの墓に手を合わせ
公園のボスの死を 心から残念に思った
それから 何ヶ月かして同じ場所に
三毛猫のミケが住み始めた
ミケは おっとりとした猫だった
一度 ハトの群れの中にいるミケを見たことがある
餌を食べるハト達が ミケのいる場所まで移動してきたのだが
何故だか ミケを敵だとも思わず
おそらく ネコだとも思っていなかったに違いない
公園の木やベンチと同じものだと思っていたのだろうか
ハトの群れの真ん中で ちょこんと座っているミケの姿は
吹き出してしまうほど おかしな光景だった
よく 公園の出口の車止めの前に座っていて
朝 会社に向かう人達がその可愛い姿に
頭をなでている姿を見かけた
ある日 公園でおばさんにミケが死んだと教えられた
公園のすぐ横に 川が流れているのだが
そこに 手足を縛られて投げ込まれ
溺れて亡くなったミケを発見したらしい
「本当に 許せないよ! 絶対犯人見つけるよ!」
おばさんは 涙ぐみながら悔しそうにそう言った
うしおのように 人間に警戒して近づかないネコの方が
長生きできるし 野良猫はそうであるべきなのだろう
世の中は いい人間ばかりではない
それは 僕にもよくわかる
でも 亡くなったあの愛らしいミケに
「お前は 人間になつくから殺されたのだ
人間になつく お前が悪い」と
そんな言葉を 誰が言えるだろうか
そんなの 絶対におかしい
ミケを殺した 頭のおかしい人間を憎むことこそあれ
僕には ミケにそんな言葉を掛ける事なんかできない
しばらくして ミケが亡くなった川に架かった橋の
らんかんの側の 階段の壁に
「あんな可愛い猫を殺すなんて 信じられない
本当に許せません ミケちゃんが亡くなって
寂しいです」と書かれた紙が貼ってあって
ネコの餌が供えてあった
またしばらくして その橋を通ると
壁中にミケへの追悼の言葉が書かれた
たくさんの張り紙が貼ってあった
小学生の子が書いたと思われる手紙から
文面から 年配の人だと思われる張り紙など
たくさんの人達の思いがつづられた張り紙と
たくさんのお供え物が置いてあった
それを僕が見ていると 50代くらいと思しき女性が
泣きながら 張り紙の一つ一つを読んでいた
僕と目が合うと「本当に 可愛い子だったのに・・・
仕事に行く時 いつも公園の出口のとこにいて・・・
いったい誰が・・」と声を詰まらせていた
たくさんの人達に 色んな名前で呼ばれながら
ミケは僕が思うよりも ずっと多くの人に愛されていた
公園を通るたびに ミケがよく座っていた場所に
ふと目がいってしまったものだ
それから僕は引っ越してしまったので
その公園に行くことはなくなった
その公園に まだ野良ネコ達がいるのか
もう居なくなってしまったのかは 分からないが
時々 うしおとミケの事を思い出すことがある
それは 悲しい思い出ではない
仏頂面の低い声で「ニャッ!」と短く鳴くうしおと
のんびりと 草むらに寝転ぶミケの姿だ
関連記事