2010年03月20日
★ホームの午後

「私の家は 昔からの庄屋でね
大きな庭に花がたくさん咲いていて
桜の木も庭にあってさ
桜の咲くころは庭でお花見ができたのよ
みんなで 餅つきもやったわ
私も餅つきをやらせてもらって
とっても楽しかったの
大きな蔵もあってね
かくれんぼとかしたんだけど
子供の私には 暗くてちょっと怖かったわ」
午後の日差しがカーテンの
隙間から差し込む居室で
あまり開かなくなった右目を細めながら
水分補給のために訪れた僕に
Iさんはそう話してくれた
リラックスするためにかけた童謡のCDが
彼女の子供の頃の記憶を呼び起こしたのだろうか
それとも午後のゆったりとした時間のせいだろうか
以前 僕は特養の老人ホームで働いていた
職場の人間関係が嫌になり
以前から希望していた有料老人ホームに就職した
入居者の数が少ない施設を選んだ
今の職場は33床しかないこじんまりとした施設だ
僕の職場は有料老人ホームの中では中堅クラスだと思う
それでも入所で500万円から 月々30万~50万ほどかかる
普通の家庭では払う事が出来ない料金だ
特養の老人ホームに比べ少しは人間らしい暮らしが出来る
自分で買い物に外出出来る者もいれば
状態や家族の意向で外に出れない者もいる
泣きながら家族に連れてこられる入居者もいる
誰だって自分の家が一番だ
老人ホームに喜んで入ってくる人間などいない
貧乏人にも金持ちにも 死は公平に訪れる
老人ホームでの余生は平均3年ほどだと聞く
彼らの時間はとても早く過ぎていく
昨日元気だった人間が 一ヶ月後には歩けなくなる
そんなことはざらにある
介護とは何かなどとくだらない話をする気はない
上司の言う都合のいい介護の理想論や
介護の現場に働いたことも無い人間の
綺麗ごとも僕は嫌いだ
現実は そこで笑い 泣き
自分がボケてきたことに混乱し 錯乱して
歩けなくなり やがて寝たきりになって
尿と便を漏らし 今が昼なのか夜なのかもわからず
やがて何もかもが分からなくなる
曇り空に時折差し込む日差しのように
記憶の断片が浮かんでは すぐに消えていく
「学校までは歩いて40分ほどかかったの
冬は教室にストーブがあって
とても暖かかったのよ
学校の帰りは お友達と歌を歌いながら帰ったの
楽しくて寒さも忘れちゃったのよ
暖かくなって庭でお友達と ままごとしてたら
風で桜の花びらがいっぱい降ってきてね
それはそれは綺麗だったのよ」
まるで違う世界を見ているような目で
天井を見上げながらIさんがそう話した
「僕も その庭の桜見てみたかったな・・・
きっと綺麗だったんでしょうね」
Iさんの居室の窓から見える中学校の
校舎の壁に伸びる夕暮れの影を見ながら
僕はそうつぶやいた
Posted by ★ニヌファ at 21:39│Comments(0)
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